結構大切なことが書いてあるメモをどこかになくしてしまったことはないだろうか。
大切なことは、とりあえずメモに取って備忘録なり何なりの形にして残しておきたいが、全部が全部、うまくいかないことの方が実際には多い。
人は言われた事全てをインプットするというのはまず不可能な生き物だ。
言われたことをどれぐらいインプットできるかというと、実際は半分どころか3割にも満たない。
そもそも、発信する側の情報が不明瞭だたり間違っていることもあるし、そういった場合はメモ自体取るのがバカバカしく感じてしまうこともある。
それでも、メモを取らないと不安で仕方がない、気が休まらないという人もいる。
そのうち、メモを取る事自体が苦痛に感じてくる。
しかし、どれだけメモを取ることが苦痛であっても、メモを取ること自体が既に習慣化されているのでメモを取らずにはいられないのだ。
そうなってくると、メモを取るという行為自体、習慣ではなくもはや「因習」だ。
私自身、大切なメモをなくしてそわそわして落ち着かなかった経験は結構あるが、メモを取る事自体が手段であって本来の目的ではないはずだ。
「頭の中にメモをする」という経験も同時に必要なような気がしている。